総合医学的視点から見た
日本古来のハーブ「桑葉」の利用
玉川大学農学部生命化学科食品機能化学領域講師
水産学博士 八並 一寿
月刊綜合医学
2005年秋季臨時増刊号 No.39
1.はじめに
生活習慣病といわれる糖尿病は、体質に加え長年の生活習慣(食生活、運動不足、過労、ストレスなど)が関係しています。今や国民病といわれる糖尿病患者は、推定で全国に690万人、その予備軍をあわせると1370万人(厚生省調査平成10年)にもなり、男女とも40歳代以後急激に増え中高年の4人に1人が糖尿病の時代を迎えています。
糖尿病は進行するまでほとんど自覚症状がなく、知らぬ間にゆっくり忍び寄る病気です。直接の死因とはなりにくいので、その恐ろしさが実感しにくいのですが、ほうっておけば死に至る急性の合併症や、三大合併症といわれる網膜症、腎症、神経障害や脳や循環器系の障害につながる動脈硬化などの深刻な合併症を引き起こす恐ろしい病気です。なお現在糖尿病のために新たに人工透析を受ける人は、年間1万1千人、視力を失う人が4千人もいます。いずれも原因疾患の第1位です。
現代の糖尿病は、「ライフスタイルの自己管理失敗」によって起きる病気だといえます。我々日本人を含めた東洋人は、体質的にインシュリン(血液のブドウ糖を吸収するのに必要なホルモン)をつくる能力が、長年肉食文化を続けてきた欧米人と比較して低いので、過剰な脂肪分や甘味に適応できるだけのインシュリンを私たちの体はつくることができません。
最近では、ペットボトル症候群(清涼飲料水の飲み過ぎによる急性の糖尿病)が子供や若い男性に急増し問題になっています。
2.糖尿病予防効果の高い食物
糖分のとりすぎが、肥満や生活習慣病を招くことは言うまでもありません。日本人の摂取エネルギーの約60%は糖質から摂取しているといわれています。一般に体の中に糖分が吸収される仕組みは、ご飯やパンのような炭水化物は、口の中で唾液に含まれるアミラーゼでオリゴ糖のような多糖に分解されます。オリゴ糖は腸の中でα-グルコシダーゼによってブドウ糖などの単糖類に分解され、腸の絨毛上皮で吸収され血管を通って肝臓中にグリコーゲンとして蓄えられます。なお砂糖の代替物として各種の低エネルギー甘味料が開発されていますが、砂糖の優れた味覚に対抗できる甘味料はなく、保存性の向上、保水性、つや出しなど砂糖の持つ他の二次的機能も他の甘味料では代替できません。
糖尿病や肥満を気にして砂糖の含量の多い食品の摂取を、ためらっている人は多いと思います。そこで、糖尿病や肥満の予防法として、炭水化物や砂糖の吸収を抑制する食品素材に注目しました。糖尿病の発症早期では、口渇、多飲、多尿などの糖尿病症状が見られないので、放置されることが多く、その結果、食後高血糖の段階から、序々に悪化して、空腹時高血糖を示すようになります。食品成分でα-グルコシダーゼの作用を抑制すれば、食後の急激な血糖の上昇の抑制が可能になり、肉体的苦痛や副作用を伴わずに血糖のコントロールが可能となります。そこで、43種の各種ハーブのα-グルコシダーゼ阻害活性を比較したところ、桑茶が最も効果があることが判明しました(図1)。
3.桑葉とは
桑とはイラクサ目クワ科の落葉樹で、日本の山野に自生するヤマグワは高木となりますが、養蚕用の栽培グワは年々枝を刈り取るので低木状となります。桑葉は、中国最古の薬物学書の『神農本草経』にも収載され、わが国の『古事記』や『日本書紀』にも記載があります。桑葉は、1-デオキシノジリマイシン(DNJ;図2)を自然界で唯一多量(0.11%対乾物量)に含み、フラボノイドとして、イソケルセチン、アストラガリン、ケルセチンなどを含んでいます。
DNJの阻害のメカニズムは、小腸粘膜微毛膜に存在するα-グルコシダーゼの2糖を単糖に分解する作用点に、有効成分DNJが入り込み、オリゴ糖が単糖に分解されないためである(図3)。また、桑葉はカルシウム、カリウム、鉄などのミネラルも豊富で、日常生活で不足しがちなミネラルであるカルシウムは、桑葉乾燥物100g中に2,699mgも含まれています。この量は、いわし丸干し(470mg)やしらす干し(半乾製品、520mg)より多く、牛乳(普通牛乳、110mg)の約25倍に相当します。また桑葉には血圧制御に関与するγ-アミノ酪酸(GABA)やその前駆物質を多量に含み、桑茶100g当たりの含量は24.1mg/100gで、緑茶(24.3〜39.0mg/100g)とほぼ同程度です。
4.桑葉の効用
桑葉には、小腸の消化酵素であるα-グルコシダーゼを阻害する効果、肥満予防効果、発癌抑制作用(DNA損傷予防作用)、エイズ(HIV)予防作用 、高血圧予防作用などが知られています。桑葉エキスや桑茶を、食事とともに摂取することは、食後の血糖をコントロールする上で有効な補助的手段です。本来小腸で吸収されていたはずの大量の糖質は、大腸内の殺菌の作用で発酵して多くの有機酸が作られます。腸内で乳酸などの有機酸が作られると、腸内が酸性となり有害な細菌が発育できず、乳酸菌やビフィズス菌の割合が増えるので整腸作用が期待できます。また大腸では、未吸収の大量の糖質の吸湿作用によって軟便となり、発酵によるガスにより腸蠕動が引き起こされるので便が排泄されやすくなり、便秘が改善されます。したがって、桑葉は結果的に整腸作用が期待できるほか、便秘改善も期待できます。
HIVとは、ヒトに免疫不全を起こすウイルスですが、HIVは主にCD4陽性リンパ球(ヘルパーT細胞)に感染します。HIVが細胞性免疫系の中心的役割を果たすCD4陽性リンパ球に感染しますと、その機能と数が徐々に低下し、高度の細胞性免疫不全の状態となります。細胞性免疫不全の進行に伴い、細胞性以外の全般的な免疫力も低下し、複合的な免疫不全の状態となり、種々の日和見感染症や悪性腫瘍を発症するわけです。
桑葉のDNJは、小胞体に存在するα-グルコシダーゼTとUの阻害を介して糖タンパク質のプロセシング(RNAやタンパク質の生合成や機能発現過程で前駆体分子が酵素的分解などを受けて成熟体に変換されること)を阻害します。この結果、複合オリゴ糖の高次構造が形成されず、糖タンパク質の異常な機能発現や分泌の抑制がおこります。DNJは、HIVのCD4レセプターとの吸着・浸透の役割を持つgp120糖鎖の生合成を阻害しますので、HIVの感染性が減少し抗エイズ作用があります。桑葉に含まれるファゴミンには、唾液分泌促進作用があります。なお唾液に存在するペプチドには、血糖調節因子が存在するといわれています。
桑葉には、発癌抑制作用があります。桑の抽出物には、染色体異常、突然変異を誘発しないので、その安全性は確認されています。変異原物質のMNNGや過酸化水素が誘発する染色体異常の抑制作用や、マイトマイシンCが誘発する姉妹染色体交換に対しても抑制作用があります。エチルメタンスルフォン酸が誘発する6-チオグアニン耐性突然変異に対しても、抑制作用が認められています。このように発癌の初期過程におけるDNA損傷に対して予防的に働く可能性が期待されています。
桑葉成分は、血圧抑制効果があり、この原因物質の一つがGABA(γアミノ酪酸)です。また桑葉には、脂質代謝改善作用があり、強いコレステロール上昇抑制効果があります。実験的に高脂血症状態としたウサギに、桑葉抽出物を食べさせて肝臓の脂肪沈着の程度を顕微鏡で比較したところ、肝細胞滴状中性脂肪の沈着が軽度であることが観察されています。
桑葉のフラボノール配糖体には、LDL酸化防止作用があり、ケルセチン源としてはたまねぎよりも多く、動脈硬化の予防効果も期待されています。食事エネルギーの7割は、糖質栄養素です。この部分のエネルギーの吸収を抑制できれば、何の苦労もなくダイエットが可能となります。そこで著者は、桑葉カプセルが糖質栄養素の吸収を抑制し、ダイエット効果があるかについて、全国規模で体重調査を行いました。調査は、健康な成人に食事は以前と変えないように指示して、毎食前に桑茶粉末カプセルを1カプセル(桑茶粉末含量約250mg)を10日間服用し、11日〜14日間はカプセルを服用しないで毎日の体重変化を調査しました。なお調査した329名の居住地と人数、平均年齢を図4に示しました。調査開始10日後の体重減少者の平均減少者の平均減少体重は、0.86kgで、14日後においても調査開始から体重が減少した人の割合は54%でした。なお減少した人の減少体重は、0.5〜1kgである人が最も多かったですが、11日後〜14日までの間にいったん減少した体重が増加し、リバウンドの見られた例も少数でしたが観察されました(図6)。
5.おわりに
現代医学の潮流は「治療よりも予防」、「患部のみの治療ではなく全身治療へ」大きく変化しています。薬づけや、入院したきりの生活では、とてもクオリティ・オブ・ライフの向上は期待できません。大切なのは病気になって治療するのではなく、日頃から病気になりにくい体をつくることにあります。しかし糖尿病である可能性のある人非常に多いのが現状ですが、これまで行われている治療は、@食事療法、A運動療法、B薬物療法を中心に行われています。A運動療法は、それ自体様々な疾病やストレス予防効果があるので、多いに推奨されるべきものですが、@食事療法はやはり何といっても食べ物を制限される苦痛は耐え難いものがあります。@食事療法やB薬物療法も医学的根拠は、十分にありますが、@食事療法は継続が困難、B薬物療法は副作用の心配がある等の欠点があります。本学会にて議論される食養の食材として、今後よりいっそう桑葉の利用が進むことを期待しています。

